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お口にチャック。
 2005.10.31 Mon
 半透明ふぃじこ@ルノーのポスターで思い出したんですが、昔vodafoneって”ベッカムもぼーだふぉん!”とか”シューマッハーもぼーたふぉん!”とかいうCMが流れてた時期がありましたよね。ボーダのCMで有名人ってベッカムしか覚えてないとかいうのがほんとのところでして、今年の初めくらいにどっかでたまたまへらーり版のCMを見た時には日本で流れてたのどうかすらはっきり思い出せなかったわけですが。


 ちなみにサッカーがものすんごく好きな子@イタリア好きがグループに一人いて、日韓共催時のイタリアチームとかには無駄に詳しくなったのだけれど今やすっかり忘れた(爆)。後アルゼンチンのアイマールをごり押しされた記憶があります(好きな系統の顔だった)。そして男友達@アルゼンチン好きからはアイマールなんて綺麗めはいかん!男ならバティストゥータを愛せ!あれこそ男だ!と暑苦しく(?)語られてあれだけ言われるとなんとなく好きになってしまったが、そもそもLucky*男じゃないし(そこだな)!


 話がそれましたが(お約束)、ぼーだのCMです。まぁ、年に何十億も稼いでいて何のオーラもなくふつーに勤め人のトレンチが似合いすぎてる某ドイツ人はいいとして、問題はルビーニョの扱いだ。


 どっかの誰かさんが赤い跳ね馬操り、ガッツポーズをしております。メットぬいでバリ君にかけより、ハグするも、どう見てもその名前もしらないわかもんの方が1stであるようにしか見えない(目の錯覚か?)。つまりは、パラレルですらナンバー2の扱いであられるケロッケロ。いやぁ、恐ろしいね、F1界って!大人の世界にはいろいろあるね!ケロよ、これからは明るい未来をぜひとも歩いてくれと思わず思ってしまう設定でほんとに絶妙。何が絶妙ってファーストにハグされてるケロッケロの表情が絶妙。むしろ微妙。


 野次馬根性で、来期のHONDAがどんなになるのかが俄然楽しみになってきましたが、そんな中、口を開けば顰蹙を買う某大英帝国のアイドル。


 もう、「」アイドルでいいのと違うか(爆)?


 しかし、だ。ばっちんは言動がいつも思ってたのの三割増しくらいで馬○で、ある意味観察したくなるほど魅力的ですな(爆)。


 ところで、今年の予選は、(最初の2回のアタックタイムを足すっての)一体誰がなんのために何がおもしろくて採用したんでしょうね(訊くなよ)?途中で変えにゃいかんほどなら最初っから採用せねばよかったものを(苦笑)。


 新しい予選がおもしろいのかどうかをおいといて、今年これをやられてたら、下手したら最初の15分で消えてたかもしれませんね>どっかの赤いチーム。
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  c:0  t:0   [*F1*]
嫁ヨメか。
 2005.10.27 Thu
 日本人の”○夫”って名前もよく考えたらすごいですよね。おっとですよ、おっと。普通に見かけるから何も思わないけど、女の人で

 『嫁』

 って名前の漢字にあててる人みたらびっくりすると思いません?よめですよ、よめ。静嫁とか、春嫁、とかどうですか。実際名前に使える漢字なんだろうか(そこが謎だ)?
 
 そう考えると”○男”って名前も不思議な感じがしますね。そんな名前で性別を大声で叫ばなくても・・・と思わない人でも、女の人で”○女”っていうのは乙女くらいしかないことを考えるとちょっと思いません?和男とか靖男とか普通にありふれてるんですよ。

 別にそれが悪いとか変だとか言うわけではなくて、普通にありふれてるから何も思わないけど、冷静に考えるとちょっとおもしろいなと思ったまでで、だからどうだ、という話ではないんですが(まどろっこしい)。

 だってこうなると気になりませんか、この日本のどこかに、名前に例えば”か”という字を”嫁”ってあてた名前の女の人がいるのかどうかってこと(お前だけだ)。
  c:2  t:0   [*無駄話*]
意味のないこと。
 2005.10.23 Sun
 人はどうして落とさねばならないのにマニキュアを塗るんでしょうね。週末だけ塗ってすぐ落とすのはものすごくもったいない気がする。なにかたいそうな理由があるなら話は別だが、単に気分転換のためにしてることなんでやめりゃいい気もします。どうせどこにも出て行かないんだし(灰色の受験生活☆)。

 ほとんどすべてのことが自己満足だよなぁ。勉強も自己満足ですよね。しなくちゃいけないけれど強制ではない。うーん、つきつめて考えれば全部自己満足なのかもしれない。

 ところで、今更ハリポタを一巻から読み返したい衝動にかられているのですが本気でやめといた方がいいですね(正解)。毬も拍子もあわないことになる。なんかきちんとけりのつく話が読みたい症候群に陥ってるのはきっとあれだけ期待してた小夜子ちゃんが拍子抜けだったせいだと思います。


 全然関係ない話なんですが、WEB上でつまった文字を見るのってしんどくないですか?それは重々承知の上で句読点も少なくだらだらした文を書いてる自分もどうかと思うんですが(わかってるならヤメロ)ぷつぷつ切る短文で書く機会が多いのでこういう「お前それ2文にわけろよ!」と思うような悪文が書きたくてたまらなくなってしまう。

 で、今日古文の全訳をぼーっと眺めてて思いましたが、私の文はあれに似てますね。突然主語がかわり、必要な説明が省かれ、しなくてもいい挿入をやたら行い、何行にもわたって一文が続き、あまつさえ文の途中で話題が変わってたりする(この文も大概長いな)。ということは、古文の全訳読んでるのと同じくらいこういう文を書くと読み難いということが言えますね。

 何世紀もへて、合理化された現代文というものが生まれて、明晰で短い文がもてはやされるこの時代に、いまだにだらだらした文を書きたいと思うというのがちょっと天邪鬼な発想だよな。

 いいじゃないですか、わかり難くても!主語と動詞の明確な英語みたいな日本語ばかり読んだり書いたりしてるともっと無駄にじゃらじゃらした文を読んだり書いたりしたくなる人がいてもおかしくないじゃないですか(いや、自分で後から読んでも読み難いしよくないのもわかってるんだが)。

 天邪鬼だな・・・。
  c:2  t:0   [*無駄話*]
リアリティの問題。
 2005.10.22 Sat
 読み終わりました、六番目の小夜子。

 いまいちだった(爆)。

 結局文化祭の体育館で小夜子上演ってところから残り半分は何のためにあったのかよくわからなかったよ、べいべー(なんかちょっと悲しかったらしい)。もうあの劇メインにしてラストにしちゃったらよかったと思うくらいに後はずるずるのぐずぐずで、ハリーポッターとかの一巻から張られた伏線がきっちり消化されてゆく絶妙さとかを考えると、たった300Pそこらなんだからきちんと伏線を消化しきって欲しかったというのが正直な感想だなぁ・・・。

 謎をぽんっぽんっっとほおりっぱなしで、ほとんど解決されてないというのは、ミステリーとかホラーとして期待してた分、中途半端な青春モノでものすごく肩透かしというか、青春モノとしても質はよくないしどうしたもんかと。

 リアリティの問題、ってのは去年ターミナル(トム・ハンクスとスピルバーグの映画)を見たときにも思ったんだけど、リアリティというのと、現実的、というのは似てるようで全然違う。リアルなのと、現実とが全然違うように全く別物なんですよ。

 フィクションである限りは、作者は謎を提示したなら答えは用意しなくてはならない。伏線を一つはったなら、一つ以上の影響をさざなみのように物語に与えなくてはならない。

 実際には、謎は謎のままなんてのはよくあることで、でもそれで満足するなら、人はノンフィクションというものを読むんです、わざわざ頭ん中で他人がこねくり回したフィクションなんかじゃなくてね。

 フィクションを読む、小説を読む、ということは騙される快感を味わうということ。言い換えれば、けりがつく場所というのを一番お手軽に覗くための行為なのかもしれないが。それがね、けりを期待して何百ページがめくって、最後にけりがつかなかったときの虚無感!ひどいものがありますなぁ(苦笑)。そんなもんね、ハッピーエンドでもアンハッピーエンドでも含みを持たせるようなのでも、結末なんてなんでもいいんですよ。なんでもいいから、とにかくきちんと説明してくれ。そして謎をほうったなら、どんなこじつけでもいいからとりあえず解いてくれ(切実)。

 フィクションの中にも、リアリティは必要。でも、無駄に現実的になる必要はないなんて思うのは我侭なんだろうか(苦笑)。


 今更知ったが、この人ネバーランドの著者でもあるんだね。どっちもテーマというか扱おうとしたものはおもしろい。切り込み方もおもしろい。それだけに残念。
  c:0  t:0   [*無駄話*]
集団心理。
 2005.10.22 Sat
 一人一人が冷静になればなんでもないことが、たくさんの人が集まって誰かが大声で”火事だ!”って叫んだとすると一瞬でその場がパニックになるような場合、ことの真相がとか、ほんとに煙が出てる、とかそういうことを判断する前に、周りのパニックに引きずられてパニックになってしまう、というのはよくあることで、今更読んでます、六番目の小夜子。

 うーん、怖い。

 体育館でみんなが朗読していく、というスタイルは非常に怖い。あれ、読みながら寒くなるほどの臨場感がありませんか?実際思わず家中の電気という電気をつけてしまった(爆)。たくさんの人がひとところに集まって、そしてその中で一人の声だけが響く。いろんな人のいろんな声質の、そうして語り継がれていく、表現にその手段を選んだことの恐ろしさ。

 うーん、怖い。

 まだ半分くらい残ってるんですが、これがラストでいいくらい、ものすごく怖くてたまらないリアルなシーンだと思うんですが、どんなになるんだろう。怖さよりも青春ものとしての性格が濃く出た終わり方だと後味がいいけれど、このままどんどん肌で怖い方向につっぱしってくれてもおもしろいかな。

 夜中に読む本じゃないや(苦笑)。でも、読みます。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

  c:0  t:0   [*無駄話*]
信じるということ。
 2005.10.21 Fri
 夜中(というか4時はもう明け方か)に見た映画でタイトルは忘れたのだけれど、”日付の書”というものを巡ってうんぬんという話なのだけれど、ようは人の死ぬ日が記されてる神の本を何の因果か手に入れた主人公が生命保険会社に勤めてたからよろしくなかったという話のようです(絶対違う)。

 絶対保険金を払うつもりのない極悪社長をこらしめるべく、もうすぐ死ぬ人にばっかり受け取る側が有利な保険を組ませるわけですが、ま、それが彼が殺してる、と思われるはめになり法廷ものに突入するわけです。

 映画のできがうんぬん、プロットがうんぬんとかはおいとくとして、非常に気になったことが一つ。

 検察側が”神なんていない”発言をたびたび繰り返すのですが、そして裁判長も”神の存在を信じたわけではないが”と前置きをして無罪を言い渡すのですが、別にそれは個人の信条の問題だからいいとして、不可解なのはここだ。


 ”聖書において真実のみを話すことを誓いますね?”

 ”誓います”


 これが必要なわけだ。あっちの裁判では。ようは真実を話すかどうかを神に誓わせてるわけですよ、法廷という場所がね。

 でも、誰も信じてない場合、この宣誓ははたして意味を持つのか?というのが疑問だったんですよ。だって、信じてもないものにたいして誓ってもらっても・・・それなんか意味あるの?

 そういう制度だからといえばそれまでなんだろうが、”神の名において”真実を話せといっておいて、”神はいない”というのはいかがなものなのか、という気がしないでもない。うーん。矛盾してるよなぁ・・・。

 そればっか気になってて結局ヒロインの名前が最後まで覚えられなかった(おーい)。
  c:0  t:0   [*無駄話*]
身の振りよう。
 2005.10.21 Fri
 ヤプログを結局ずるずる使ってるために、なんだか軽く放置ぎみのここの身の振りようをはっきりせねばと思いつつ、わざわざ消すのもめんどくさい(若いうちからそればっか言ってたら老けるぞ)ので、ほっておいたわけですが、どうしようね(どうでもいいな)。

 喋りだすと長くなることはここってことで(そんな大雑把な)。ぐだぐだ語りたい気分のときにこっちを使おう。要約すると、自己満足(簡潔)。

 何時か何処かで+*GITM*=ここ。

 って感じですかね。足して2で割るというのは二つのものをあわせる方法としては最悪だ、とどっかで誰かが言ってたので(もちろん何処で誰が言ってたのかはすっかりさっぱり忘れました)足すまでで止めときます(なんだ)。


 消すのはもったいないという無駄な貧乏性はやめた方がいいですね(そもそも誰に喋ってるんだよ)。
  c:0  t:0   [*雑事*]
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