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今なら、少し解る気がする。
 2006.04.25 Tue
 待ちに待ったポディウムの真ん中、一番上。悪夢の2005年、開幕戦で復活したかと思ったらあっという間に泣かず飛ばずになった2006年開幕3戦。耐えて良かった。ついてきてよかった。心からそう思えるGPでした。

 第一スティントでかなりスムーズだったからさ、余裕ぶっこいてた途端不可解な第二スティントの怪再びで、見る見るアロンソ坊やが追いついてきたときには「ちょっと待ってー」と口走るしかなかったですよ・・・。毎回第二スティントで失敗してないか、跳ね馬。
 ルノーが「遅いおっちゃんなんてつきあってられないから先に入っちゃうもんねー」と動いたときにはもうジ・エンドだと腹をくくりました(爆)。もうどうせ抜くならさっさと抜いてくれ、これ以上やられたら心臓も胃も持たんよ・・・という(笑)。
 <追記>どうもナノはここらへんでどっちにしろ入らなきゃならなかったっぽいですね。5周くらいは引っ張れたようですが。そしてシュー兄はナノが入った瞬間アホみたいにラップタイムあげたんですね。っていうかそういうフォローしてよ・・・地上波。あんだけ2台しか映してなくてあの実況ならまんべんなく映っている時に何のフォローもなくてもしょうがないか(変な納得の仕方だ。
 しかし人の内臓の心配なんて1mmもしてくれないこのレース馬鹿二人は、それからも更に20週近くテールトゥノーズなんてのを繰り広げてくれまして、あんたら人を殺す気か

 しかし、もう駄目だと思ったにも関わらず、今年初めて芸術的なピット作業をして兄貴を送り足すフェラーリスタッフに思わずスタンディングオベーションです。素人臭いミスを連発していた跳ね馬クルーが!この大事な場面でこれほどの仕事を(感動にわなないているらしい)!あーもう大好き大好き大好き大好き(エンドレス)!
 いかん、もうこの言葉しか出てこない(笑)。

 ミハエル・シューマッハー大好き!愛してる(勢い余ってます)!変なジャンプがまた見れて嬉しいよ。ポディウムでのガッツポーズも久々だよ。・・・って、なんで国歌をカットする!>フジ。
 やばいやばいやばい。もうラスト20週で人生における「頑張れ!」という声援と「大丈夫!」という応援を言い尽くした気がする。傍から見たらかなり怪しかったろうなぁ(ははは)。最後の方は言いながら泣いててもうわけわかりませんよ。
 っていうか私このレースの前、飲み会行ってたからビールジョッキ3杯にカクテル2杯、おまけに家に帰って飲みなおしてカクテルパートナー2本、白ワインをグラス2杯って、もうお前どこの飲んだくれだよ!というアルコールを摂取していたのにも関わらず、第2スティントですっかり酔いが醒めてたことにびっくりだ。ぐんぐん迫ってくるアロンソと同じスピードで私の酔いも醒める醒める(笑)。レース終わった時にはすっかり素面でした。

 今ほどおいしくお酒が飲めるタイミングはないので、わざわざもう一度飲みなおし。勝利の美酒に酔いましたよ(笑)。新歓でただで飲んだお酒より、地元で入学祝いでおごってもらったお酒より、今日飲んだお酒が一番おいしい。あーもー幸せ(壊れてるよ)!


 ところで、ここからはちょっと真面目なお話。

 
 「開幕三戦は別に判断の材料にしない」と言ってたのと同じトーンで「今回の結果も参考にはしない」とか言ってるシューマッハーさん(御年37歳)ですが、本人がはっきりどうするのか言うまで待つだけです。やめるんならやめるでもいいと思う。全然やめそうに見えないけど、もしやめるって言うなら、それだけの理由があるんだろうし。
 それよりもフジは”最後のレース”ってテロップ入れるのやめてくれます?まるで本人が「ここで負けたら引退」って公言してるかのような書き方だな。そしてなんで夕日の映像をそんな集めるかね・・・。そんなとこに手を回す暇があるならジャパンパワーのフォローだけでもしたらいいのと違うか。国際映像が無視ってる時こそ祭の開催者がフォローするべきだろう。っていうか祭は常時開催中じゃなかったんかい!こんな時だけフューチャーされても嬉しくないっていうか、我らのSAF1ってあれだけ言うなら骨まで拾ってやってくれ。

 真面目な話と言うか、与太話というか、無駄話の本題に入るとします。

 「記録にはこだわらない」「自分がやれると思う限り走り続ける」という言葉は、見栄とかかっこつけとかそんなのじゃなくて、シンプルな本音なんじゃないだろうか、という気がしました。もちろん去年死ぬほど聞いた言葉だし、あのときの私もそれが本音だろうな~と納得はしていたけど、たぶん本当にはわかってなかったんだと思う。

 自分が落ちてみて、初めてわかった。

 ぶっちゃけね、今いる大学を言ったらほとんどの人が「おめでとう!」って言ってくれるところなんですよね。実際、まぁ、私もめでたいとは思うし。私立しか受かってなかった時と180°態度が違うというか、早稲田と上智受かってても同情の視線しかなかったのさ、ははっ(自分達が現役時に逆立ちしても入れなかったという事実はさておき、国立志望で私立行きというのはいくら有名私大でもさげすまれるもんなのですな・・・)!
 それがね、後期で受かりましたってな大学名を言った途端、本当にわかりやすく「おまえはすげー!」扱いですよ。誰ももう、文一目指して浪人しろなんて言わなかった。世間一般では十分なところに入れたんだから、一浪してわざわざ回り道しなくても、ストレートに卒業した方がよっぽどいいんじゃない?って言う人と、一括でスゴイ枠にくくられてるため、わざわざ文一を受けなおす必要がないと思ってる人と・・・まぁ理由は色々なわけですが。

 だから、家族しか知りません。宣言してするようなことでもないしね。でもさ、その問いってのは常に頭のどこかにあって、毎日毎日、何かの瞬間に「それでも私はあそこに行くんだ」っていう答えを他の誰にでもない、自分に対して用意しなくちゃいけないわけですよ。
 前で喋ってる教授の講義が予想以上に面白かった時だとか、綺麗な校舎だとか、おいしい学食のメニューだとか。こんな状況だから人付きあいは制約されてるけど、それも「楽しい」って、恵まれてるなーと思う。第一志望に通っても「思ったより面白くない」って人もいる中、おまけみたいな間隔でいる場所が素敵なのは本当に恵まれてる。

 でも、それがここに留まる理由には全然ならないんだよね。この大学に何か不満があるわけじゃなくて、ここがどんなに居心地がよくても、どこかにぽっかり空いた空しさがあって、それは決して埋まらない。大学じゃなくて、私が足りないから。問題は自分が満足していないこと、それだけなわけです。

 で、冒頭のシュー兄の発言に戻りますが、つまり本人の言うとおりなら、そこそこ以上の栄誉は既に手にしていて、確かにチャレンジすることで更なる高みに登れるかもしれないけど今やめても全然かまわなくて、むしろリスクやなんかを考えると多くの人はやめた方がいいと思う状態で、それでもカッコ悪くあがき続ける理由は何ぞや?と訊かれたら、その答えは
 「純粋に自分自身の求めるもののため」
でしかないということなんだろうなーと。それは結果的には地位だとか記録だとかに集約されるのかもしれないけど、ここで本人が欲しているもの、というのは”達成感”とか”満足感”という形のない、自分にしかわからない「気持ち」なんだという気がするわけです。

 外から見ればそんなのはわからないわけで、「やせ我慢やんけ!」というツッコミをしたくなるかもしれない。結局形に残るものを求めてるんじゃないの?と冷めたことを思われるのも仕方ないと思う。
 でも、その渦中にいて、この状況でも足掻く道の方を選ぶ人を動かしてるのは、具体的に「チャンプになれるから」とか「文一生になれるから」とかいう事実じゃなくて(全然レベルの違う話を比べてすみません)、「理屈やら手に入る肩書きやら全てをおいといたところで、今どうしても自分のためにしたくてたまらない」という飢餓感と「やったー!」と思えることそれ自体の満足感を渇望する気持ちなんですよ、たぶん。
 その上、「今、立ち止まったら終わってしまう気がする」から走り続けずにはいられないし。

 でね、この答えってのは後期の合格が解った時からぼんやりとあったもので、それでもやっぱりどこか弱い理由のような気が自分でもしてた。単なる我侭でしかないような気がした。自分のために、って言葉は自分を納得させる時に私にとっては一番説得力のあるものだけど、他の人にとってはそうでない場合も多々あることも知ってたし。ある人には私立しか受かってなかった時でも反対されて、そのとき言われた言葉。
 「人生なんてのは妥協の連続なんだから」
 そうかもしれないなー、とは思う。思うんだけど、それでも諦めきれないんだから仕方ないわね。行きたかった大学はおろか、行きたかった地方にすら行けなかった人のことをあんたは考えたことがあるのか、って諭された(これは確かに衝撃でしたが)。

 まぁ、そんな感じでオブラートに包んだままだったのですが、オーストラリアGPを見ていて、「もういいじゃん」と肩の力が抜けました。理由=「自分の満足感のため」でいいじゃんって思った。だってそれしかないもん。
 2005年を途中で投げ出さなかったのも、開幕3戦めちゃくちゃでもいまだに辞めるなんて欠片も思ってなさそうなのも、シュー兄がどんな思いで走り続けているのか、やっと心からわかった気がした。もちろんそれがあってるかなんて本当のところでは確かめようもないけど、それでも、その心がけ、みたいなのには触れた気がしました。ごちゃごちゃごちゃごちゃ色んなことを考えた上で、この人が辿り着いた結論が、シンプルな「自分のために」っていう言葉なんだろうな、と。「そうは言ってもそれ、本音じゃないでしょ?」なんて言われてもそれしか出てこないくらい「それが全てだ」っていう姿勢は、強がりでもカッコをつけてるわけでもないんだな、と言うのが初めて実感として納得がいきました。だって、私が今おんなじことをおもってるんだからさ。

 だから全然スケールもレベルも違うけど、「解るよ!」って言いたくなってまったわけです(笑。背中を押してくれたから。言葉にしたらうそ臭くなってしまう響きが、本物だということを再確認できた。

 そんな風に自分の気持ちのためだけにお金も時間も使って頑張るということが、見方によっちゃアホらしく見えるんだということも解ってる。もういいじゃん、って妥協するには十分な幸運を手に入れてるんだということも解ってる。
 でも、それでもそんな自己満足に投資してくれる人がいて、それを有難いことだと解ってさえいたら、我侭も許してもらえるんじゃないかな、なんて思う私は甘いんでしょうかね(苦笑)。



 そういえば、プレカン後、ミハエルとトッドは泣いてたらしいですね。
 よかった。本当によかった。私も早く、そんな日を迎えたい。やっぱり信じててよかった、って今でも支えてくれてる人たちを泣かせたいです。
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