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今でも、夢に見る。夢でしか、見られない。
 2006.07.25 Tue
 ちょっと前に、

しかし、ミハエル・シューマッハーというアスリートは今まで「特別」になった中でも桁外れだと思う


 とか書いてますが、いや、これ自体は全く偽り無い本音ではあるんですが、それでもNo.1はアルタモノワだということを自分に念を押しておきたいと思います。誰も知らなくても兄貴とは入ってくる情報の量が違っても不動のマイベストアスリートなんだ!と今日チャリ漕ぎながら突然思いまして。苦笑。
 うーん、やっぱり同率1位かなー(弱気)。あれですね、ヤグディンとプルシェンコのどちらが世界一かなんて決めようとするだけ無駄、ってとこでしょうか。どっちも色んな意味で特別過ぎる。

 ところで、なんでこんなことをいきなり言い出したかと言うと、そうやって考えてた時に、シュー兄は世界中で色んな人が色んな風に覚えていて、きっとこの先何十年経っても名前は語り継がれていくんだろうけど、アルタモノワに関してはそういうわけにはいかないんだよなーと気付いて寂しくなったからです。悲。
 バレーというのはマイナーなスポーツですよね。するのが好き、と言う人はF1より多いと思うのですが(当たり前だ・爆)、観戦競技としてはどうも今一つも二つもマイナーなわけで、日本でも結局オリンピックと日本代表しか盛り上がりませんし、ましてや海外バレーなんて日本で普通に生活してたら見ようがない。
 そう考えると、何年かだけでもVリーグに来てくれる外国人選手というのは貴重です。結果的にアルからアテネを奪ったのがVリーグだったとしても。苦笑。

 アトランタでアルの存在を知って、シドニー、アテネと2度も金の輝きの前に涙を呑む姿を見てきた。どちらの決勝戦も、胃が痛くなるほどに祈った。銅でも銀でもない、金色のメダルを手にして号泣するあなたを、私はもう一度見てみたかった。東洋紡時代に見せたあの優勝の涙をオリンピックの舞台で見せて欲しかった。
 どちらも、アルの不調自体が銀に甘んじた一因だったから、恐ろしいほどに静かな顔をしていた。2回とも号泣したガモワを見ながら、泣けるほどに力を出し切ったなら彼女は幸せだと思った。

 歴史に名前は残らなかったかもしれないけど、誰もがその名も、プレーも忘れてまうかもしれないけど、それでもあなたは最高でした。

 忘れたくない。日本中で、私一人くらいはずっとずっと彼女のプレーを覚えていたい。そう思えた、最初で最後のアスリートです(いや、シュー兄は私がとりたてて覚えて無くても皆さん覚えてるだろうし、第一あの人辞める気配無いし・爆)。

 昔話をしてみたい。なんだか、とってもそんな気がする。
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